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現在では少なくなってきた、木造の構造をあえて見せるように建築していく『木の見える家づくり』。大工職人の高い技術が必要とされる建築方法ですが、その分、木のにおいが漂い、住むほどに味わい深くなります。コアー建築工房は、そんな昔ながらのこだわりを現在に活かし、家づくりを提案する企業です。そこで働く人たちを紹介していきます。
株式会社 コアー建築工房
堺市中区東山593
従業員数22名/ 専門大工22名
URL: http://www.woodlife-core.co.jp

大工 錦戸 一成(かずなり)さん(21歳)
つくり手の想いがあって、初めて良い家が建つ。コアー建築工房、専属大工3 年目の錦戸 一成さんは、棟梁である父の下で『父のような大工職人』を目標に日々奮闘中です。
大工という仕事。
「本来なら隠れてしまうはずの構造の木を『見せる』ように建築していく。木のにおいが漂い、味わいを感じさせます。
「木造の構造を見せる家づくりをしています。やっぱり木が見えると落ち着きますね」。そう話す大工3年目の錦戸さん。
現在はあらかじめ加工された木材を組み立てるプレカットが主流となり、昔ながらの手刻みの家づくりは少なくなってきています。
「イチから寸法を計算して、木材を手で刻んでいくので時間もコストもかかります。でも家って、家族が長く生活していく大切な空間。お客さんが自分の住む家にこだわりを求めて、それを形にしていく。僕たちとお客さんとで一緒に家をつくりあげていくんです。完成してお引き渡しのときにお客さんの笑顔を見ると、大工やっていて良かったと思いますね」

大工になるのが自然だった。
高校を卒業後、すぐに父・輝昭さんの下で大工に。幼いころから頻繁に建築現場を訪れ、父の背中を見て育った錦戸さんにとって、大工を仕事として選ぶのは自然な流れでした。「センスがいい」と輝昭さんの評判通り、メキメキと腕を上げたそうです。しかし、1 年半後「父と一緒に働く難しさ」を感じた錦戸さんは、退職してしまいます。
「家に帰っても翌日の段取り確認や、ダメ出し。仕事の話が中心となり、私生活との切り離しができないことが嫌で退職しました。そこから新しい仕事を探していたんですけど、働いていないうちにだんだん気持ちが沈んでしまって。社会からはみ出した気分になり、動きたくても動けなくなってしまいました。引きこもりに近い時期もありましたね」
そうして1年が過ぎたころ「当時、付き合っていた女性と結婚しようと考えて。とりあえず、もう一度大工を頑張ってみようと復職しました。結局、その女性とは別れちゃいましたけど(笑)。でも復職して良かったと思います。父と一緒に働く難しさはありますが、そばに居るうちに父からは学ぶことがたくさんある、ということに気付きました。以前は近すぎて見えなかったのかもしれません」
目の前のことを精一杯やる。

目標は父のような大工職人になること。「父は職人気質な人間で、常に家づくりのことを考えている」。その一方で、錦戸さんは「まだ将来のことはわからない」とも話します。
「大工の楽しさは感じています。お客さんに喜んでもらえるのはもちろん、任される仕事が増えていくやりがいもあります。ただ『一生の仕事か?』と聞かれると、正直な話、まだわかりません。一生大工で、と決めているわけではありませんが、今は父の下で、家づくりのことをもっと学びたいです。目の前のことを精一杯やっていれば、将来のことも見えてくると思うんですよね」